珍しくもない写真
今じゃネットで検索すれば簡単に見ることの出来る様な写真。瓦礫の散らばる津波の後の写真。これを撮った4月下旬某日、ブログに書こうかどうか迷いました。
興味本位で訪れたと思われないかどうか。他人の不幸をネタにしていると言われないか。でもやっと載せようと思いました。震災から1ヶ月以上も経っているのに、街の中心近くでは瓦礫撤去がとうに始まっているのに、まだ放置されるがままの場所が福島県の非避難地域にもあることを知って欲しいと。
この先のエリアでは、まだ自衛隊による行方不明者の捜索が続いていました。知人宅が近くにあって、そこを訪れようとしていようとも、入るのがとても申し訳ない様な雰囲気。だから、ここから先ではカメラを持っていてもレンズを向けることは出来ませんでした。
福島県の哀しみはここから始まりました。津波による被害に重なって、原発の暴走が止められなくなる人災がこんなに長引こうとは。。。
半径30km以内では、公園にも子供の姿が見受けられず、車の通りは多いものの人影はとても少ない国道6号沿い。その国道沿いの至る所に漁船や瓦礫が散乱している様相。そして、訪れたものしか感じられない匂い。得も言われぬ匂い。1時間も居ると頭が痛くなる様なそれは、けれどそこの住人にとっては受け入れなくてはならない匂い。
そういう中で原発は暴走し、突然に避難は告げられ、避難先で人々は心に武装をし始めた。そういう方々と毎日会う中で、津波が背後に押し寄せながら死ぬ思いでやっと生き長らえた彼らの言葉の真意をつかみたいと思って、彼の地を訪れた次第。
とてもリアルには感じられないだろうけど、でも、この目で見た津波の破壊の現実は、TVや新聞でみたそれとは大きく異なる。やっと彼らの言葉の意味を知ることが出来たのかと、この時初めて思った。
この場所は、まだこのままだと聞いた。この場所の近くには、街の中の瓦礫を山積みにしている場所がある。それなのに、この場所はこのまま。災害復興にも序列が出来てしまうのは仕方のないことだけど、それでも理不尽だと思ってしまう。津波の被災場所に訪れると、いろんなことに思いを巡らせてしまう。悲しい現実。
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