請戸港、再掲

福島県浪江町の請戸港。以前の写真の再掲です。私にとって、ぼーっと考え事をしたくなると必ず訪れていた大切な場所でした。
津波で壊滅的な被害を受け、原発の避難エリアとなっている場所。同じような写真は二度と撮れない場所。訳あってしばらくブログは更新していませんでしたが、どうにも心が落ち着かず、やるせない思いの毎日で、再掲をした次第。
仕事柄、浪江町の方々と交流もありました。つい数ヶ月前に、ここの漁港近くの方々ともお会いしていました。安否が気になります。
我が町『福島県二本松市』には浪江町の役場機能が移転しています。そして体育館などには浪江町の方々が一斉に避難してきておられます。何度かその避難所を訪れましたが、とても辛そうで、けれど必死に助け合って生き続けようとしておられます。私は直視ができませんでした。
自然災害に襲われたなら人の力ではどうしようもありません。原発の初期被害だって、誰があれだけの津波の被害を想定できたでしょう。後付けの主張は誰でもできます。その後の対応の批判はあえてしませんが、ただ、今苦しんでいる方々をなんとか救う手立てがないものかと口惜しい限りです。
原発は必要だったのでしょう。化石燃料をさらに消費するわけにもいかず、水力や風量では力不足。それは今も変わっていませんし、急に変えることは出来ない世界規模の難題でしょう。それを単に批判するのは現状ではナンセンス。
計画停電を安易に批判する向きもあるようですが、今までの恩恵はどれだけの危険を他所に委ねていたかを物語る現実でしょう。それは多数決で国民が選んだ政府の方針ですから、今さら批判したところで取り返せない過去ですし。
どうせなら地産地消でいきましょうか。電力需要は地域で賄う。原発が必要なら消費地に建設すればいいかな。というか、そもそも有事の際のリスクを人口密集地から遠ざけただけの話でしょうけれどね。
さて、風評を含めた福島原発の被害は津波以上に内陸広範囲にあり、ちょっとやそっとじゃ拭いきれない恐怖を先々に与えています。政府は30km圏外は安心だと言っていますが、放射線知識の乏しい私を含めた一般市民は実態がつかめない故に恐怖しています。
だったら、廃止された首都機能移転論でも復活させますか。福島原発を取り巻く半径30kmのエリアに首都機能を移転してみてください。なに、最初は多少は交通が不便かもしれませんが、庁舎を建てるだけの話です。国費全体を考えれば安いもんです。空港も近いから便利です。福島県は高速道路網も充実しています。うってつけです。県民も納得します。そして国策は正しく安全だと福島県民も安心できます。
いかがでしょう?
次回に選出される東京都知事は、そのぐらいの許容心を持ってしかるべきかな。東京がニューヨークで、福島はワシントンみたいな位置づけになるかな。東京の経済が落ち込むなどと言ってる場合じゃないと思いますが・・・
まぁ国益だ何だと反発は必至でしょうけれど、そのぐらい原発事故の問題は大きいと思っています。請戸の港に漁船が並ぶ日がもうすぐ来るというのなら、未曾有の大災害だと言い続けても良いのでしょうけれどね。
宮城、岩手などの湾岸エリアでは私の知人も津波で亡くなりました。もうどうしようもないんです。まさかあの強靱な堤防を超えて津波が来るなんて誰も思っていませんでしたから。私自身、道のアスファルトが水面のように波打つ地震を経験するなんて思ってもいませんでしたから。
津波でたくさんの町が消えました。これからは、内陸であっても多くの町並みが経済的に消えるかもしれない情勢が生まれつつあります。下手をすると、県という単位の行政が破綻するかもしれません。それだけ広域な災害であることを知っていて欲しいです。
浪江町の役場の方々、町の方々、何十人かの方々とお話をする機会がありました。一様に皆、ありがとうと感謝の言葉を口にします。でも私の本音は違います。正義感でやってる訳じゃなく、何かをせざるを得ないんです。表現が難しいんですが、役に立ちたいとか、お互い様とか、人道的だとか、そういう事はどうでも良くて、何かをしていないと自分が辛いんです。
今まで他所の被災で苦労された方々の気持ちが、いざ我が身で経験してみてて初めて分かりました。食べられない、買えない、寒い、移動が出来ない、眠れない、守らなくちゃならない。避難せずにまだ仕事があるだけでもありがたいと痛切に思います。
きっと請戸の港は再現できないと思いますが、新しい様相で生まれ変わることでしょう。避難指示が解除されたら、通いまくって写真を撮り続けようと思います。だから浪江の皆さん、諦めずに故郷に帰ることを願ってがんばってください。あなたたちに毎日会っている者より。
ZZT231改
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